現代の食医 食べて飲んで生きる毎日

長野県で料理人/医者をしています。フィレンツェで料理人してました。

<後編①>Mediterranean diet(地中海式ダイエット)を求めイタリア南部へ

Buonasera.

出勤日が来週から代わることになり、

変化を喜ぶ半分、そわそわ半分なくわっちです。

さて、今回も南イタリアへの旅についてです。

前編では今回の旅の目的や南で実際に目にした口にしたものについて書きました。

後編ではこの旅で起きたアクシデントと反省について書きます。

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あとで出てくる命のパスタ。

 

徒歩2時間半かけてPioppi(ピオッピ)にたどり着き、

地中海式ダイエットの博物館を見れたところまではよかった。

しかしこの時期Pioppiに宿が無い事実を突きつけられた時、すでに日は暮れ18時半。

マズい。まず頭を整理せねば。

僕は路肩に座り込んだ。

知らない土地で選択肢は2つ。

①博物館のおばちゃんに勧められたように来た道を3kmほど戻った港町で宿を取る。

②さらに8km先にある長寿の町Acciaroliへ向かうことにして宿を取る。

 

この時、もう一つのアクシデント発生。

バッテリーと携帯をつなぐライトニングケーブルが壊れた。

携帯を充電する術が無い中、

あと数%の充電で宿を見つけて予約しなければ、

①にしろ②にしろ地図も使えず本当に路頭に彷徨うことになる。

 

決断は早かった。

後ろに戻るくらいなら前に進む。

②の選択をし、ネットで宿を取ることに成功。

まっすぐ一本道を行けば宿は現れる。

あとは8km先まで歩くだけだ。

 

と思ったら新たにアクシデント発生。

宿の鍵の受け渡し時間が20時までらしい。

この時点で19時前。

「これから向かうけど歩いて1時間半かかるから20時に間に合わないけど大丈夫か」

と慌ててメッセージを送った。

でも携帯の充電はもうないからその返信を見る術はいずれ無くなる。

お金はもう払ってしまっている。

たどり着いたところで鍵を受け取れず入れないという最悪の事態は避けたい…。

 

 

 

もう「急いで行く」しか選択肢がない。

 

 

 

歩いて1時間半かかる道なら、走れば50分くらいでいけるはず。

幸いなことに毎週走り込んでいるから8kmくらいなら走れる自信がある。

というかそれしか本当に方法がない。

慌ただしく荷物をまとめて立ち上がり、

Pioppiのさらに奥へと山道を走り出した。

ここからがこの旅のハイライトの始まりだった。

 

 

海沿いの村であるPioppiを後にするとき、海の向こうに深い闇が見えた。

数時間前に夕陽を眺めながら「きれいだ」と思った海は今、

すべてを飲み込んだ純粋な黒色で、その先には何も見えない。

「おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ」

文脈違いだけど、ニーチェの言葉がふと頭に浮かんだ。

吸い込まれるような闇を見つめ闇に見つめられ、大きな不安を感じた。

それでも行くしかなかった。

 

山道に入って気がついた。

これだけの田舎ということもあり、街灯が1つも無い。

そもそもこの山道には歩道も無い。

一車線ずつの広めの田舎道。

2~3分に1台の頻度で車が通る程度。

この先どれくらい走るのかは地図も使えないためハッキリは分からない。

それでも行くしかない。

時間がじわじわと追いかけてくる…。

 

疲れと不安とで、泣き出しそうになりながら走った。

でも自分をいくら奮い立たせても、限界をすぐそこに感じていた。

常にまとわりつく暗闇が、僕の頭に最後の一押しをくれた。

 

 

 

「死ぬかもしれない」

 

 

 

たしかに、脳裏をよぎった。

もしこの暗闇から人を襲う動物が出てきたら。

もしこの暗闇で危害を加えてくるような人間と出会ってしまったら。

もしこの暗闇を通る車が僕の存在に気づかず向かってきたら。

ぼくは死ぬ。

確かに死ぬ。

「死」が向かってくる。

 

 

 

医者を目指したり医学生として勉強をしてきたわけで、

命について関心があり、

人の死について考える機会は人よりもあったほうだと思う。

自分自身の生や死についてもよく考えてきたつもりだった。

でもこの時、初めて「死」が、

向こう側からやってくるものとして感じられた。

 

そして。完全に心が折れた。

というか、いろんな諦めがついた。

そうしたら、自然と一つの答えにたどり着いた。

 

 

 

「親指を上げよう」

 

 

 

もっと早くそうすればよかったよね、とは言わせません。

ヒッチハイクについては

「人様にご迷惑をおかけする厚かましい行為で、基本的にやらない」

というポリシーを持っているので選択肢に入れてなかったわけです。

(あくまで個人の見解です)

ただこの時はもう解がそれしか無かったし、

生きるか死ぬかを前にして「人様にご迷惑を〜」なんて言ってられないことは、

自分でもよく分かった。

 

命の危機からか、腕は驚くほどキレイに上がった。

肩からまっすぐ、親指は上に。

そうしたら一台目の車ですぐに止まってくれた。

涙が出そうになった。

イタリア人男性の車に乗り込みAcciaroliの宿まで行きたいことを伝え、

拙いながらも事の顛末を伝える。

するとなんとラッキー。

押さえた宿はこの男性の奥さんのお母さん(つまりお義母さん)がやっているとのこと。

おかげで話がめちゃくちゃ早く進んだ。

徒歩で1時間くらい残っていた道は車でほんの5,6分で消え去った。

あっという間に宿に着いたらお義母さんもお義父さんも驚いた顔。

遅れると連絡してきた客が時間通りに、

しかも自分の義理の息子と一緒に現れたらそりゃそうなるわ。

僕は無事に宿にたどり着き部屋に入ることができた。

明かりに囲まれてやっと生きた心地がした。

「死」に思考と感情をぐちゃぐちゃにかき混ぜられた後の、

宿というよりも実家を感じさせるタイプのおうちに深い安心感を覚えた。

 

乗せてくれた男性には持っていたジブリのハンカチをお礼としてお渡しした。

別に彼はいらなかったかもしれないけど、

感謝を伝える形としてはあの時の最善だったと思ってる。

「日本発のめっちゃ有名なアニメのやつだよ。ジブリだよ。」

ってがんばって伝えた。

イタリア語では表現しきれなかったけど、

「命を救ってくれてありがとう」

という気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

このあとお義父さんのほうが

「町になにか食べに行くのか?うちでなにか食べるか?」

と聞いてくれて、もう動くことができないくらい疲弊した僕は宿で食事をいただくことにした。

お義母さんのほうが

「パスタでいい?魚入るけど良い?」

と聞いてくれた。

もちろん、と返事し料理を待つことに。

実家のような雰囲気と、

南イタリアのマンマの手料理。

暖簾越しに準備する音を聞きながら1人座り、

未だ残っている興奮を抱えながら考えていた。

 

 

 

生きてるんだなあ。

 

 

 

パスタが運ばれてきた。(冒頭の写真参照)

なんでもない。

本当になんでもないパスタ。

口に運んだとき、たしかに感じた。

 

 

 

いや、本当に、今ココで生きてる。

 

 

 

死を身近に感じたことがある人がどれくらいいるか分からないけど、

いま生きていることへの感謝が言い表せないレベルで上がってくる。

携帯が死んでいて自分と対話するしかないことも上手く作用した。

食べているものが僕に安心感を与え、

かつこれからの命のエネルギーになっている。

しみじみと感じられた。

 

いま食べものに「癒やされて」いる。

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オイルか何かが染みたパンにアンチョビとオリーブが乗ってるだけ。でも沁みた。

 

お義母さんとお義父さんの雰囲気もちょうどよかった。

友だちの家に遊びに来た感じ。

ほどよく気を遣ってくれて、

ぼくが地中海式ダイエットを知りたくて来たって言ったら、

地中海式ダイエットに関する地域の学術誌みたいなの出してきてくれて、

「これオレの娘なんだ、読んでみな〜」

って渡してくれたり。

「卵食べる?フルーツ食べる?」

ってどんどん出してくれたり。

「ワイン飲むか?」

って持ってきてくれたり。

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いつもテキトーに飲んでんだろな、って味だったけど沁みました。

なんでもない誰かとのやり取りにすら感謝。

一瞬一瞬が愛おしい。

生きていてよかった。

歌詞とか小説でしか見ないそんな感情が本気で膨らんでました。

 

この日は活動量が多くて、かつストレスが大きかったこともあって、

おなかいっぱいになるまでたくさん食べて、

明日のフィレンツェへの家路に向けて早めに寝ることにしたのでした。

 

というわけで後編がたっぷり書けることに気づいてしまったので、

今回は<後編①>とさせていただきます。

翌日もまた波乱ありでしたので、お楽しみに。

Buona notte!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らない山道をライトもほぼ無しで終わりがどれくらいかも分からず1人で走った経験がある人ならお分かりだろうが、