移動は本能で,本望。
海を越えて9年ぶりの土地に。
海外っぽさを感じるここはパスポート要らず。
いただいた時間でのんびりと過ごすふりなどしてみた2日間。
資本主義はニーズを探して資本を使い、資本を生み出すゲーム。
提供されるサービスしか買えない我々ユーザーは、サービスをつくるプレイヤーの言いなりではある。
この機会で手に入るものは、私のニーズか、他の誰かが生み出したニーズだと思われるものを購入させられているか。
このゲームは終わりがない。
資本を食べた資本が、資本を吐き出す。
ゲームの中にあるのは見せかけのまやかしの幸せだ。
登壇に臨む。
同じ医師の立場からそれぞれが人生に嘘をつかずに、上手じゃなくても一生懸命やっている、サバイヴしている。
その回答の仕方は資本的な何かに汚されていないか、その心は何色に染まっているのか。
同じ思考を異なる経緯と言葉で語っているだけだと感じられる、自らの心と向き合う挑戦者たちの匂いが香っていた。
私は登壇者がつくる大渦に懸命に喰らい付いて、渦をつくりだしながら渦に呑み込まれ、また呑み込まれまいと泳いだ1時間。
あっという間で、楽しくて、それでいて緊張感があった。
オーディエンス?パーティシパント?どれもを全方位に意識しながら答え、聴き、また応える。
脳がすっかり疲れてしまった。
私の幸せは何に根ざすのか。
何もかもを上手にできるようになることは、私の幸せとは関係がないのかもしれない。
何もかもがうまくいかない、くらいで初めて「あなた,幸せの上に乗っていますよ」ということかもしれない。求道。




