食医見習いの食べて飲んで生きる毎日

北海道で医学生をしています。休学してイタリアで料理留学してた頃の話とか思ったこと書いています。

そして帰ってきた(スペイン逃亡劇vol.8)

 Buongiorno.

再び戻ってきたのか新型コロナウイルス

2件大きい予定が吹っ飛びました、くわっちです。

コロナから逃げ回ったスペインの旅は最終回です。

旅不足のあなたに、

木のカトラリーに胸キュンなパリ⇒成田(Air France)の機内食からどうぞ。

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座ってるだけでご飯と酒が出てきて映画が観れて移動も出来るて、天国やん。

 

機内食から3時間ほど遡って時刻は11時過ぎ。

無事にバルセロナからパリへと移動でき、

日本に帰る便まであと1時間半。

「おれの留学も終わっちゃうんだな」

なんてこの時は思ってません。

「いつ戻ってこれるかな〜、5月?6月?いやいや、4月末でもいけるっしょ」

とか思ってました、頭の中がお花畑。

 

空港のカフェはコロナ対策なのかほとんど閉まってる。

搭乗口前の設備の良さにため息が出ちゃうけど、

「いや、コレ全部感染源な」

って声に出して独りで笑ってました。

ここまで逃げながらストレス溜めてきたけど、

いよいよ帰れると思うと緊張が抜け始めるんですね。

長く海外にいて帰国するときの心情、

寂しいのと懐かしいのと嬉しいのと、混じり合ってる感じ。

なかなか、悪くないですよ。

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めっちゃ遊びたかったからね?

列に並び始めると周りは日本人だらけ。(それはそう)

卒業旅行の大学生?留学から緊急帰国かな?

若い人、多かったなあ。

ここまで来るとアナウンスも日本語、添乗員さんも日本語、説明書きも日本語。

緩む緩む、緊張が緩む。

もう日本に帰ってきたような錯覚。

 

スムーズに機内へ。

窓際の席に座る。

あ、充電器のケーブルが壊れて携帯を充電できない!

後ろの座席には日本人の方。

「ケーブルもし余っていたらお借りしてもいいですか…」

「大丈夫ですよ」

あー、日本語で聞けるし、しかも親切だし。

ウイルス流行ってるときなのに聞いちゃった僕だけど、

スッと貸してくれるからなお優しい。さらに気が緩む。

 

一方で13時間して降り立てばそこは日本と思うと、ここで寂しさがちょっぴり出てきたり。

ヨーロッパもっと回りたかったなあ。コロナめ。

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メニューだけで十分楽しめる。狩人風が食べたかった。

機内食が出るフライトもだいぶ久しぶり。

フライト中の食事は楽しみにしているタイプ。

20歳を越えてからの機内食はお酒も楽しみになっちゃって、

映画も好きなもんだから、

機内食がちゃんと美味しければ至福の時間なわけです。

今回は美味しかった、OK。

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Air Franceの機内食シャンパンが飲める」これ、本当にシャンパンなんだろうか。

ネットで出てくるAir Franceの噂。「機内食シャンパンが飲める」。

んー、これスパークリングワインではあるけどシャンパン…?

特に表示はなかったですね。まあ美味いからいいんだ。

映画を3本くらい観て(アナ雪2のクリストフで笑い転げてた)、

隣に座ったフランス人のお兄さん(坊主頭)がやたら話しかけてくるのを軽くいなして、

眠くなったら寝て、

お腹が空いた頃にやってくるご飯を食べる。

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良いタイミングで小さいバッグにピザが入ってやってくる。

スペインで十分疲れたおかげか、だらけきって13時間。

ズゥン、とシートに振動。

着いた。あー、着いた。

あっけない。でも嬉しい。

あんなにスペインで不安でたまらなかったのに。帰国シテシマッタ。。。

 

飛行機を降りて、

あとは見慣れた風景の中を進んでいくだけだと分かっているからすっかり安心。

その時はイタリアの北エリアに行っていなければPCR検査にはかけられなかった頃。

体温も大丈夫だったのでスーッと通過。

バッグ一つで動いてたから荷物の受け取りも無い。

あっけなく電車の乗り場までたどりつく。

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この言語知ってるわ。

SIMカードがないのでWi-Fiがないと携帯が使えないという不便さはあったけど、

実家にたどり着ければそれも解消するだろうということで、

電波無しイタリア帰り男は東京の街にたどりついたのでした。

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上野公園もこんな感じだったのよね。

「今思えば」が多すぎたスペイン逃亡劇でしたが、

この後の自分の行動についても、今思えば何をしているのか。

新幹線でさっさと金沢に帰る前に、

「イタリア帰りだけどそれでも会うか」と言って了解した友だちと会いました。

弁解はできないけど言い訳がいくらでも思いつく。

留学帰りでしばらく離れていた日本についにたどり着いて、

検疫も引っかからずに健康だと過信していた若者は、

一応の配慮はしながらも人に会ってしまう。

今考えても、あの頃の自分は完璧に人を避けて金沢に帰るができなかった。

あの時期に自分を律した人、すごい。

北海道の人にめっちゃ怒られた。正しい。

北海道はあの頃、日本で感染が広まった唯一の地域だったもん。

どこの日本国民よりも早く自粛したんだもん。

でもその情報もこっちにはない。

東京の雰囲気もまだまだのんびりだった。

そんな頃だった。

 

この数ヶ月でいろんなことのオンライン化がすっかり進んだと思いきや、

就活で東京やら都市部に呼び出されてる大学生は周りにいたし、

東京の人だって週何回かは会社まで出勤しているって。

僕は、もはやオンラインに耐えられない。

コミュニケーションが全然円滑じゃない。

コミュニケーションのあの楽しさがない、のに人と話せてしまう。

パソコンの画面ずっと観てるのしんどい。

セミナー受けたりミーティングしたりしながらついつい裏で作業しちゃう。

人間の脳が全然追いついてない。

「上手くやれてるような錯覚に慣れてくる」はあると思うんだけどね。

 

鈴木大拙が説くところの「真実の生活」は、

大地を通した体験がなされなければ実現され得ない。

自宅、パソコン、オンライン。

これで人間活動が成り立ってるように錯覚できるくらいには、

人間は麻痺しちゃってるんだなあと体験を通して思う。

 

終わりのボヤキが長くなりましたがスペイン旅についてはこれで終了。

この旅のまとめ。ズバリ「冒険、最高」。

現在のように判断するには情報が足りなくてスペインへ飛び出した。

ウイルスに追いかけられてギリギリだったけど、

知らない土地を1人歩いて回ったおかげで、

経験したスペインの空気、風景、人、食事、文化の片鱗が僕の中に生きている。

いつ何が「できない」になるか分からないことも身をもって知った。

あの時の自分の判断を否定することは、今もこれからも絶対にない。

(自分がウイルス持って帰ってこなかったからこんなこと言えるんだけどね)

 

次は留学期間をトータルでまとめてみます。

それでは良い1日を。

Buona giornata!